土居 まさる(どい まさる、本名:平川 巌彦(ひらかわ よしひこ)、1940年8月22日 - 1999年1月18日)は、日本の司会者。静岡県沼津市出身。元文化放送アナウンサー。静岡県立沼津東高等学校、立教大学経済学部卒業後、1964年文化放送入社。元日本テレビアナウンサーの徳光和夫は、大学時代の同期生である。
来歴・人物
ちなみに誕生日は同局アナウンサー時代の後輩であるみのもんたと同日。同音異字で料理研究家の土井勝がいる。このため、土居が料理番組にゲスト出演した際、「料理ができない方のドイマサルです」と挨拶したエピソードもある。
文化放送アナウンサーとして「ハローパーティー」「セイ!ヤング」などのパーソナリティで人気を博す。歌手デビューもした。マイクネーム(芸名)の名付け親は文化放送プロデューサー(当時。後に同社長)の峰岸慎一。立教大学で土居の後輩だった、元読売ジャイアンツの選手・土井正三に由来する。
フリー後は象印クイズ ヒントでピント(テレビ朝日系)の司会として有名だったが、同局で放送されていたクイズタイムショックでは300回記念に出場し、パーフェクトを達成した。
1999年1月18日、膵頭部(すいとうぶ)がんにより永眠。58歳だった。折りしも「土居まさるのラヂオデイズ」は古巣・文化放送での久しぶりのラジオ番組として注目を集めていた。この番組はこの後文化放送アナウンサーの中田秀作が代役を勤めた。亡くなる数日前に、自分の死期を悟っていたかの様に親しかった芸能人数人に電話をし感謝の挨拶をし、土居の謙虚な人柄ぶりをうかがわせたエピソードがある。